お菓子職人は、子供の夢

甘いものはいつだって夢を与える

将来なりたいものは何か、という疑問は生きていれば人間誰しもその壁に激突するモノ。絶賛何をしたいのか分からないという人も多いと思うが、残念ながら筆者にはそうした迷える子羊状態の人に対して何か適切なアドバイスを送れるほど、大層な人生を経験しているわけではない。だが自身の経験上、そうしたアドバイスをあれしろこうしろという人もどうかと思う、何人かに人生を諭されるような事を言われてきたが、その都度どこか心根でどうしようもないほど苛々が募った事がある。何故かと考えたとき、その人の生き方を他人に押し付けていると錯覚したからかもしれない。無論そういう考え方ではいけないことは分かっているが、何に対してもYESという返答を返していれば良いと言うモノではないことは誰もが重々承知のはずだ。誰かがアドバイスを送ることは自由だが、最終的に自分がどのような道に進みたいか、という問題に立ち会った際に自分の将来を左右する分岐点において、最後にものを言うのは自分の意志に関わってくる。

それさえも他人に答えを求めようとする人は実に多いという。とりわけ最近の出来事で驚いた事は、就職活動中の学生が面接時においてこのような質問を投げかけたという。

『この仕事にやりがいを見出せるかどうか、教えてください』

何とも他人任せな言葉だ、当然面接官は絶句するほど呆れてしまい、その学生が面接を通ったかどうかということを議論する余地はない。そもそもこの質問もどうかと思う、事実として仕事にやりがいを見出すことが出来ないまま労働を続けたとしても、いつか限界を迎えてしまう。不平不満、どうしてこんな事をしているのかが理解できないと、自分のしている仕事内容に対して悩みを抱えている状態では、人間の理性では許容できないまでに我慢しきれない生き物だ。その我慢が募りに募ってしまうと、精神が擦り切れてしまいうつ病などの精神病を発症してしまう、といったところだ。

由々しき問題であるのは間違いない、だがこの学生は自分が見つけなければならない問題をまして採用してくれる企業へと問いかけるという暴挙に出たのはいただけない。ただこうした学生は非常に増えているというのが悩ましいところ、しかも何かを達成するにしても仲間と協力して解決するといった漫画的な思考をしている人が多くなっているのも、採用担当の人事からは嘆きにも近い哀れな声が聞かれることもある。ブラック企業として長時間労働やパワハラなどの圧力、そして給与システムを始めとした労基法以前の待遇を課しているといった問題以前に、人として労働に対する本質を見失ってしまっている人がいるという真実に、これからこの国がどう対処して行くべきかというのは、課題の1つだろう。

そんな中で自分は自分の夢を達成するために必死で努力しているという人もいる、自分の道はこれだからそれまでに費やす時間は惜しむことも、投資をすることも厭わないとするまっすぐな意志を持ち続けている人もいる。夢を追い続けることは大事だ、ある人はそんな人のことを負け犬、または現実逃避をしているだけなどと揶揄する声もあるが、悪いことではない。もちろん適度に現実と向き合っている事は大事だ、最低限自分が人間としての営みを育みながらも自分に対してストイックになっている人というのは、本当に悪いことなのだろうか。

夢を叶える事は難しいが、夢を持ち続ける事は意義あることだ。仕事をしている人でも目標という夢を持つことで仕事をするための原動力に繋がり、より日々の生活を楽しく過ごすこともできる。そんな努力を忘れず、1つ達成することが出来た目標の次、さらに新たな目標を示すことが出来ればより充実した人生を送れる、そう筆者は考えている。少しロマンチスト気味なところはあるが、生きるための意味を見つけなければ何だかんだで自分が辛いだけ、それなら将来の仕事として目指すものをトコトン追求していければもっと人間らしく生きられるのではとも思っている。

前置きも長くなったのでそろそろ本題に移るとして、今回はそんな夢を追い続ける人、また仕事として手に入れることが出来た人が更にその先に向かっていく人をを応援していくため、今回は甘い物が好きな人が誰しも持った事がある職業『パティシエ』について話をしていこう。これから目指そうとしている人、もしくはなったばかりの人に対してパティシエという仕事がどのようなものなのかを紹介していこう。

基本的な情報として

まずは簡単にパティシエとは何なのかだが、今ぐらいの情報社会になっていればパティシエに対しての情報は小学生ぐらいになればある程度理解しているだろう。想像する仕事もお菓子を作る人、という定義で問題ない。そもそもパティシエという言葉自体がフランス語で『菓子製造人』という意味となっている。そしてもっと細かく言うと『パティシエール』という言い方もある。違いについて軽く説明すると、

つまりは、元々は男性と女性を区別した言葉として生み出されたわけだが、恐らく男女間の壁を取り払うなどの男尊女卑的を連想させるとして区別するのはどうなんだろうと、そんな社会的な部分も関係しているのかもしれない。現代社会ではパティシエとは男女共通の言葉として用いられているので、ここでも基本『パティシエ』で統一していく。

この言葉が日本でも常用とも言えるほど、日常に浸透している外来語になってからまだ10数年程度しか経過していないと思われている。そういわれてみれば90年代においてパティシエなんていう言葉を用いた事はあまりない様に思う。洋菓子職人としての意味合いとなっているパティシエは、和菓子職人に対しては用いられない言葉となっているのも大きい。時代が進むことによって、日本も洋式文化を取り入れようと加速して需要が伴うようになった。その頃からパティシエという職業が注目され始めていったと考えた方が、辻褄が合うといえる。

もちろん90年代から活躍していた日本人パティシエという人はいる、ただパティシエと呼称される人達の中にもやはり専門分野なる物があるため、得意な料理毎にかなり大勢ピックアップできてしまうため、ここでは割愛させていただく。そうした本場の洋菓子をヨーロッパ各地で修業すると共にその技術と味を研究・製造して行くことでオリジナルともいえる商品を作り上げ、やがて日本でも商売として行うために開業していったことにより、多くの人がパティシエという職に対して興味関心を抱くようになったと考えられる。

子供の内は憧れていた夢

また現在の世の中でもパティシエになりたいと考えている小学生は非常に多いという。特に女子小学生にとっては1位に選ばれることもあるほど人気の職業としてその名を上位に連ねている。ただ男子小学生でも、上位10位にはランクインしていなくても20位以内になりたいものとして希望しているところにつけているのを見れば関心の度合いはそれほど低いわけではないようだ。パティシエといえば女性の仕事としての印象が強い人もいるが、世界レベルなどで活躍しているパティシエにはこういう言い方をするのは大変失礼かもしれないが、良い年したおじさまが見目麗しい菓子を作り上げていると考えれると、割と平然と受け入れられる。

食べ物は誰が作っても、とりあえず美味しければなんだって良いと考えている人もいる。こうしたなりたいものとして職業を目指そうと考えている小学生の中には、甘い物が毎日食べられるからという、食欲という欲望に忠実な子供も少なくはないだろう。実際に味を確かめるという意味では食べる機会も増えるだろうが、ただ食べているだけでは色々と身体的な面で不具合を起こすことになるので、控えめにした方が大人になった時にためになる。

実際にパティシエになるには

さて、ではパティシエにはどうしたらなれるのかという話をしていこうと思うが、結論から先に言わせてもらえばパティシエという職業に決まった資格を取らなければならないというものはない。逆に取得していたほうが便利なものはある、勉強して資格を獲得しておく事に越したことはないので大半の人が猛勉強をすることになるかもしれない。

ただ一般的にはパティシエを目指すとなったら、所定の学校期間に通う、または実際に製造工場などに勤務して経験を積む、中には実際に洋菓子店へと弟子入りして住み込みとして働かせてもらうという方法もありだ。今の時代で中々住み込みで修行をするというのを想像する人も知るかもしれないが、大半がパティシエを育成している専門学校などに通学してから、というステップになると考えた方が筋が通る。目指し方は様々だが、なろうと思えば誰でもなれる職業であり、特別な資格として持っていなければパティシエを名乗ることはできないというわけでもない。商売をするとしたらある程度免許を持っていなければならない等の問題はあるにしても、目指そうと思ったらまずは技能を磨くことから始める事が先決だ。

パティシエを目指している、また活動している人を応援する!

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